介護不動産の売却|自己所有・賃貸で価格はどう変わる
介護施設の不動産が自己所有だから高く、賃貸だから安く売れるとは一概にいえません。売却価格は、介護事業の収益力、不動産価値、賃料、建物の状態、借入金、買い手の資金調達力などで変わります。本記事では、介護施設を運営する事業者向けに、「事業価値」「不動産価値」「最終的な手取り」を分けて売却方法を解説します。
介護不動産の売却価格は何で決まる?
有料老人ホームやサービス付き高齢者向け住宅(サ高住)の売却では、介護事業と不動産が密接に結び付いています。しかし、不動産を所有していること自体が、介護事業の収益力を高めるわけではありません。
売却条件を比較するときは、次の3つを区別することが重要です。
- 介護事業の価値:入居率、利益、人員体制、地域での競争力、運営の継続性などから評価する
- 不動産の価値:土地の立地、建物の状態、収益性、権利関係、代替利用の可能性などから評価する
- 売り手の手取り:譲渡対価から借入金、税金、手数料などを差し引いて考える
自己所有の施設では、土地・建物を譲渡対象に含めることで取引総額が増える可能性があります。一方、買い手には不動産取得資金も必要となり、候補先が限られる場合があります。賃貸施設では不動産代金を受け取れませんが、買い手の初期投資を抑えやすく、収益性と賃貸条件が良ければ譲渡を検討できます。
中小企業庁「中小M&Aガイドライン(第3版)」でも、バリュエーションは譲渡額を決める際の目安の一つとされ、企業や事業の実態に応じた評価方法を選ぶことが示されています。査定額がそのまま最終的な売却価格になるわけではありません。
介護施設の不動産にある4つの所有パターン
| 所有形態 | 売却時の扱い | 主な確認事項 |
|---|---|---|
| 運営法人が所有 | 株式譲渡では法人内に残るため、実質的に事業と一体で承継される | 借入金、抵当権、簿価と時価、修繕費 |
| 経営者個人が所有 | 法人の株式を譲渡しても不動産は移転しない | 不動産も売却するか、買い手へ賃貸するか |
| 関連会社が所有 | 運営法人とは別の資産・契約として整理する | 賃料水準、資本関係、賃貸借契約 |
| 第三者から賃借 | 通常、不動産売却代金は発生しない | 貸主の承諾、契約期間、賃料改定、修繕負担 |
見落とされやすいのが、経営者個人や親族が土地・建物を所有し、運営法人に貸しているケースです。法人の株式だけを譲渡すると、売り手は不動産を保有したまま、新しい運営会社の貸主になります。
売却後も賃料収入を得られる反面、固定資産税、大規模修繕、空室、契約終了後の用途などのリスクも残ります。「売却時にすべて清算したいのか」「売却後も不動産収入を得たいのか」を先に整理すると、譲渡方法を選びやすくなります。
自己所有の不動産が売却価格に与える影響
不動産価値を譲渡対価へ反映できる可能性がある
運営法人が土地・建物を所有している場合、株式譲渡では不動産を保有する法人の株主が変わります。事業譲渡では、介護事業と不動産を同じ買い手へ譲渡する方法のほか、それぞれ別の相手へ譲渡する方法も考えられます。
立地が良く、建物の維持管理も適切であれば、買い手にとって安定した事業基盤になります。ただし、介護施設は居室、浴室、厨房、消防設備などを備えた特殊性のある建物です。一般住宅や事務所へ転用しにくい場合、不動産の評価が取得費や帳簿価額を下回ることもあります。
建物の状態と将来の修繕費が評価を左右する
買い手は現在の修繕状況だけでなく、譲受後に必要となる支出も確認します。屋上防水、外壁、空調、給排水、エレベーター、ナースコール、スプリンクラーなどに更新費用が見込まれる場合、その負担が価格や契約条件の交渉材料になる可能性があります。
売却前にすべて改修する必要があるとは限りません。修繕履歴、点検記録、見積書を整理し、「どの設備に、いつごろ、どの程度の費用が見込まれるか」を説明できる状態にする方が、買い手も資金計画を立てやすくなります。
買い手の資金負担が大きくなる
不動産込みの売却は取引総額が大きくなるため、買い手が必要な資金を確保できるかも成否を左右します。介護事業の運営能力がある企業でも、不動産まで同時に取得するための資金調達が難しい場合があります。
この場合、不動産を売り手側に残して買い手へ賃貸する、または不動産投資家が土地・建物を取得し、介護事業者が借りる形に分けることで、候補先を広げられる可能性があります。ただし、売買契約と賃貸借契約の条件、決済時期を連動させる必要があります。
適正賃料を使って事業収益を正常化する
自己所有施設では、第三者へ支払う賃料が損益計算書に計上されていないため、賃貸施設より利益が高く見えることがあります。事業価値と不動産価値を分けて評価する場合は、適正と考えられる賃料を費用として反映し、介護事業単体の収益力を確認する方法があります。
例えば、賃料控除前の利益が年間3,000万円、第三者へ貸した場合の想定賃料が年間1,800万円なら、介護事業の収益力を検討する際は、差額の1,200万円を一つの出発点とする考え方があります。これは計算方法を示すための仮定例であり、実際の評価倍率や不動産価値を示すものではありません。
賃料を控除しない利益から事業価値を算出し、さらに不動産価値を加えると、同じ不動産収益を二重に評価するおそれがあります。採用した評価方法と前提条件を売り手・買い手で共有することが重要です。
賃貸物件の介護施設が売却価格に与える影響
賃料負担と契約の安定性が重要になる
賃貸施設では、月額賃料が事業収益に対して適正か、売却後も安定して借りられるかが重要です。入居率が高くても賃料負担が重ければ、買い手が得られる利益は減少します。反対に、立地に対して賃料が妥当で、長期的な利用が見込める契約なら、買い手にとって取得しやすい案件になる可能性があります。
賃貸借契約で確認する項目
- 契約期間と残存期間
- 更新・中途解約の条件
- 賃料と改定方法
- 賃借権の譲渡・転貸に関する条項
- 株主や経営権の変更に関するCOC条項
- 修繕・設備更新の負担区分
- 敷金・保証金の承継方法
- 原状回復義務
- 貸主が物件を売却した場合の契約関係
事業譲渡では運営主体が別法人へ変わるため、賃借権を買い手へ移すには貸主の承諾が必要になるのが一般的です。民法第612条も、賃借人が賃貸人の承諾なく賃借権を譲渡または転貸することを原則として制限しています。
株式譲渡では、賃借人である法人そのものは変わりません。ただし、株主や支配権の変更時に通知・承諾を求めるCOC(チェンジ・オブ・コントロール)条項が入っていることがあります。スキームを決める前に、賃貸借契約書と覚書を確認しましょう。
有料老人ホーム・サ高住で確認したい不動産論点
有料老人ホームは安定的な利用権を確認する
厚生労働省「有料老人ホームの設置運営標準指導指針」(2024年12月6日最終改正)では、施設の土地・建物について、有料老人ホーム事業以外の目的による抵当権など、施設としての利用を制限するおそれのある権利がないことを確認するよう示しています。
借地・借家の場合には、所有者が事業継続に協力すること、賃料改定方法、所有者が変わった場合の契約承継なども確認事項です。入居者との入居契約に期間の定めがない場合、同指針では当初の借地契約を30年以上、借家契約を20年以上とし、自動更新条項を設ける考え方が示されています。
同指針は地方自治法上の技術的助言であり、都道府県・指定都市・中核市は地域の状況に応じた指導指針を定めます。売却時には、施設所在地の最新指針と運用を所管部署へ確認する必要があります。
サ高住は登録事項と5年更新を確認する
厚生労働省の案内によると、有料老人ホームは老人福祉法に基づく届出、サ高住は高齢者住まい法に基づく登録の対象です。また、食事の提供などの実態により、有料老人ホームにも該当するサ高住があります。
サービス付き高齢者向け住宅情報提供システムでは、登録事項を変更する場合、事業者が都道府県・政令市・中核市の登録窓口へ変更届出を行うよう案内しています。登録は5年ごとの更新も必要です。
M&Aでは、運営事業者、建物所有者、提供サービス、契約内容などのうち、何が変わるかを整理します。必要な手続きや添付書類は取引方法や登録窓口によって異なる可能性があるため、契約締結前に確認しましょう。
介護保険上の指定と住まいの手続きを分ける
介護付き有料老人ホームなどが特定施設入居者生活介護の指定を受けている場合、老人福祉法上の届出やサ高住の登録だけでなく、介護保険上の手続きも検討します。株式譲渡と事業譲渡では必要な対応が異なる可能性があるため、指定権者へ事前に相談することが重要です。
補助金を利用して整備した物件では、財産処分や目的外使用に承認が必要となったり、条件によって返還が問題となったりする場合があります。交付決定通知、実績報告書、財産管理台帳などを確認し、所管窓口へ個別に照会します。
介護施設と不動産を売却する5つの方法
| 方法 | 特徴 | 主な注意点 |
|---|---|---|
| 株式と法人所有不動産を一体で承継 | 不動産を保有する法人の株主が変わる | 株式価値、借入金、担保、簿外債務 |
| 介護事業と不動産を個別に譲渡 | 譲渡する資産を個別に定められる | 契約移管、行政手続き、税務 |
| 不動産を残して買い手へ賃貸 | 売却後も賃料収入を得られる | 修繕、空室、契約終了後のリスク |
| 事業者と不動産投資家へ分けて譲渡 | 介護事業者の初期負担を抑えやすい | 賃貸条件と二つの取引の連動 |
| セール・アンド・リースバック | 不動産を現金化した後も同じ施設を利用する | 売却後の賃料と長期的な事業収益 |
取引総額が最も大きい方法が、売り手にとって最適とは限りません。不動産を残して高い賃料を設定すれば賃貸収入は増えますが、買い手の収益を圧迫し、介護事業の評価に影響する可能性があります。
相場を踏まえた賃料と安定した契約期間を設定できれば、売り手は賃料収入を得ながら、買い手は初期投資を抑えられます。売却時の収入、売却後の収入、借入金、税金、将来の修繕負担を同じ表にまとめて比較しましょう。
介護施設の売却価格を左右する主な評価項目
- 入居率・稼働率と過去の推移
- 一時的な収入・費用を調整した収益力
- 自己所有物件を賃貸と仮定した場合の適正賃料
- 土地の立地、接道、災害リスク、代替利用の可能性
- 建物の築年数、修繕履歴、耐震・消防設備
- 建築確認済証、検査済証、用途変更関係書類
- 借入残高、抵当権、経営者保証
- 入居一時金の未償却残高や預り金
- 賃貸借契約の残存期間と貸主の協力
- 行政への届出・登録内容と実態の一致
売却価格を検討するときは、「事業価値+不動産価値」という単純な足し算だけでなく、借入金などを差し引いた株式価値や、税金・手数料を考慮した手取りも試算します。
介護施設の不動産を含めるべきか、事業だけを譲渡すべきか迷っている場合は、両方の条件で相場感を比較する方法があります。M&A承継サポートでは、介護・医療・障がい分野に特化し、M&A成約100件以上の実績メンバーが無料査定に対応しています。
売却前に準備したい不動産関係の資料
自己所有の場合
- 土地・建物の登記事項証明書
- 公図、地積測量図、境界確認資料
- 建築確認済証、検査済証、設計図面
- 固定資産税課税明細書
- 修繕履歴、設備点検記録、今後の修繕計画
- 借入契約書、返済予定表、担保設定資料
賃貸の場合
- 土地・建物の賃貸借契約書と覚書
- 賃料、共益費、敷金・保証金の支払資料
- 修繕区分や原状回復に関する合意書
- 貸主の連絡先とこれまでの交渉経緯
- 契約更新、譲渡承諾、COC条項に関する資料
有料老人ホーム・サ高住に共通する資料
有料老人ホームの届出、重要事項説明書、入居契約書、管理規程、サ高住の登録通知・変更届、特定施設などの指定通知、消防・建築関係書類、補助金資料を整理します。
書類が見つからない場合も、直ちに売却できないと決まるわけではありません。行政、法務局、建築士、貸主などに確認し、代替資料や是正方法を検討します。詳しい調査項目は「デューデリジェンスとは?種類・流れを解説」もご覧ください。
介護施設と不動産の売却を進める流れ
- 売却目的を整理する:引退、後継者不足、資金確保などの目的と、不動産を残すかを整理します。
- 事業と不動産を査定する:介護事業の収益力と土地・建物の価値を分けて確認します。
- 譲渡スキームを比較する:株式譲渡、事業譲渡、不動産売却、継続賃貸などを比較します。
- 買い手候補を探す:介護事業者のほか、必要に応じて不動産投資家も検討します。
- 基本条件を合意する:価格、不動産の扱い、賃料、従業員・入居者の対応方針を整理します。
- DDを実施する:財務、法務、税務、労務、介護保険、不動産、建物設備を確認します。
- 関係者と調整する:貸主、金融機関、指定権者、登録窓口などへ必要な相談を行います。
- 最終契約・決済を行う:契約上の前提条件を確認し、譲渡と代金決済を実行します。
貸主への相談が早すぎると、未確定の情報が周囲へ伝わるリスクがあります。一方、承諾確認が遅いと、成約直前に条件が整わないおそれがあります。秘密保持の範囲、候補先の確度、契約内容を踏まえて相談時期を設計しましょう。
従業員の雇用契約は、株式譲渡と事業譲渡で扱いが異なります。詳しくは「介護M&Aで従業員の雇用はどうなる?承継実務」をご確認ください。
価格評価への不意な影響を抑えるための準備
賃料と契約条件を客観的に説明する
経営者個人や関連会社との賃貸借では、賃料が相場から離れている、契約書がない、修繕負担が曖昧といったケースがあります。近隣相場や専門家の意見を参考にし、第三者間でも継続可能な条件かを確認します。
ただし、売却直前に賃料や契約内容を一方的に変更すると、税務・法務上の論点が生じる可能性があります。実行前に税理士や弁護士へ確認しましょう。
修繕費と不具合を見える化する
不具合を説明しないまま交渉を進めると、DDで発覚した際に価格だけでなく信頼関係にも影響します。実施済みの修繕、今後必要な工事、費用見積もりを一覧化し、価格条件や売り手・買い手の負担区分へ反映させます。
届出・登記・建築書類の不一致を整理する
登記上の面積と現況が異なる、増築部分の資料がない、重要事項説明書と実際の設備が一致しない場合は、原因と対応方法を確認します。是正が決済までに完了しないときは、是正完了を取引の前提条件にする、必要費用を価格へ反映するなどの調整が考えられます。
まとめ|事業価値と不動産価値を分けて売却方法を選ぶ
介護施設の売却価格は、自己所有か賃貸かという一点では決まりません。自己所有では不動産価値を反映できる一方、買い手の資金負担や修繕費が課題になります。賃貸では、賃料、契約期間、貸主の承諾、事業継続の安定性が重要です。
有料老人ホームやサ高住では、通常の不動産取引に加え、老人福祉法上の届出、サ高住の登録、介護保険上の指定、入居者の居住継続にも配慮しなければなりません。取引総額だけでなく、売り手の手取りと売却後に残る責任まで比較しましょう。
介護施設の不動産売却に関するよくある質問
自己所有の介護施設は賃貸施設より高く売れますか?
不動産を含むため取引総額が大きくなる可能性はありますが、必ず高くなるわけではありません。建物の状態、借入金、修繕費、立地、買い手の資金調達力などによって評価は変わります。
不動産を残して介護事業だけ売却できますか?
可能です。売却後は買い手との賃貸借契約が必要です。賃料、契約期間、修繕負担、更新・解約条件を、介護事業を継続できる内容に整える必要があります。
賃貸オーナーの承諾が得られない場合はどうなりますか?
事業譲渡による賃借権の移転ができず、予定したスキームで成約できない可能性があります。株式譲渡への変更や、貸主が承諾できる条件への再調整を検討します。
抵当権やローンが残っていても売却できますか?
金融機関の同意を得たうえで、売却代金による返済と抵当権抹消を決済時に行う方法などがあります。売却額が借入残高を下回る場合は、返済方法について金融機関との個別協議が必要です。
介護施設の土地・建物の売却には消費税がかかりますか?
国税庁の2025年4月1日現在法令等に基づく案内では、土地や借地権の譲渡は消費税の非課税取引です。一方、事業者が事業として行う事業用建物の譲渡は、原則として消費税の課税対象となります。納税義務の有無や法人税・所得税を含む最終的な税負担は、売り手の属性や譲渡方法によって異なるため、税理士へ確認してください。
本記事は、介護施設のM&Aおよび不動産売却に関する一般的な情報を提供するものであり、個別案件に対する税務・法務・不動産鑑定・建築・行政手続き上の助言ではありません。実際の取引では、税理士、弁護士、司法書士、不動産鑑定士、建築士、金融機関、所管行政庁などへご相談ください。
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