障害福祉のDD|給付費返還・指定・人員リスク
障害福祉事業のM&Aでは、財務内容だけでなく、給付費請求・指定基準・人員配置を確認するデューデリジェンス(DD)が重要です。不備が見つかっても直ちに売却できなくなるとは限りませんが、返還の検討、価格調整、契約条件に影響する場合があります。売り手は「届出・勤務・支援・請求」を早めに照合し、買い手へ説明できる状態に整えておくことが大切です。
障害福祉M&AのDD(デューデリジェンス)とは
DDとは、M&Aの実行前に、買い手が対象法人・事業の実態や潜在的なリスクを調査する手続きです。一般的には基本合意の締結後、弁護士、公認会計士、税理士、社会保険労務士などの専門家も交えて行います。ただし、案件規模や交渉方法によって実施時期・範囲は異なります。
中小企業庁の「中小M&Aガイドライン(第3版)」でも、DDは売り手の財務・法務・事業等を調査する重要な工程として位置づけられています。
障害福祉事業では、一般的な財務・法務・税務・労務DDに加えて、指定、人員配置、加算・減算、給付費請求、支援記録を確認します。児童発達支援や放課後等デイサービス等については児童福祉法に基づく基準も対象になるため、成人向けサービスと分けて確認しなければなりません。
| DDで見つかる問題 | 取引への影響例 |
|---|---|
| 加算要件の不充足 | 対象期間・影響額の調査、過誤調整、価格調整 |
| 人員配置不足や減算漏れ | 返還可能性の確認、採用・配置の是正 |
| 変更届や指定関係の不備 | 指定権者への確認、実行日程の変更 |
| 運営指導の未改善事項 | クロージング前の是正、契約条件への反映 |
| 資料不足や説明の不一致 | 追加調査、買い手の評価・交渉方針への影響 |
売り手にとっても、DDは自社の課題を整理する機会です。問題を事前に把握して是正し、根拠資料を準備することで、交渉途中での想定外の減額や日程変更を避けやすくなります。
障害福祉のDDで重視される3つの固有リスク
給付費返還リスク|請求と支援実態を照合する
障害福祉事業の売上は、基本報酬に各種加算・減算を反映して算定します。現行報酬の基礎資料としては、厚生労働省が公表する令和6年度(2024年度)障害福祉サービス等報酬改定後の告示、留意事項通知、Q&Aなどを確認します。
加算届が提出されていても、職員の配置、資格、支援内容、記録が算定要件を満たしていなければ、過誤調整や返還の検討が必要になる可能性があります。DDでは、次の資料を組み合わせて確認します。
- 国保連への請求データと利用実績
- サービス提供記録と個別支援計画
- 加算届、体制届、算定開始時期
- 勤務形態一覧表、シフト、出勤簿
- 資格証、研修修了証、実務経験証明書
- 返戻、過誤申立て、自主返還、返還請求の履歴
- 運営指導の結果通知と改善報告書
重要なのは、記録上の不備が見つかった場合に、直ちに給付費の全額返還と決めつけないことです。厚生労働省が2026年6月に公表した「指定障害福祉サービス事業者等に対する集団指導・運営指導マニュアル」では、加算報酬は算定要件を一つでも満たしていない場合に是正が必要とされています。
一方、基本報酬については、サービス記録の不備などの運営基準違反だけで返還・過誤調整の根拠になるのではなく、報酬基準への違反があるかを確認すると整理されています。サービスを提供していないのに請求した場合や、必要な減算を適用しなかった場合などは、監査や返還の対象になる可能性があります。
また、制度理解の誤りによる過誤と、意図的な不正請求は区別して判断されます。返還の対象期間・金額・手続きは一律ではないため、指定権者や専門家への個別確認が必要です。
指定基準リスク|指定内容と現在の運営を比べる
障害福祉サービスは、サービス種別・事業所ごとに指定を受けて運営します。DDでは指定通知書の有無だけでなく、指定時の内容、提出済みの変更届、現在の運営実態を確認します。
- 指定年月日、指定有効期間、更新状況
- 法人名称、代表者、事業所所在地
- サービス種別、定員、営業日、営業時間
- 管理者、サービス管理責任者等の変更届
- 平面図、設備、建物の使用権限
- 運営規程、重要事項説明書、利用契約書
- 業務管理体制に関する届出
国の人員・設備・運営基準だけでなく、指定自治体の条例、指定申請の手引き、提出期限も確認します。不動産の用途、消防設備、賃貸人の承諾などに問題があると、M&A契約を締結しても予定日に事業を開始できない可能性があります。
行政へ相談する場合は、秘密保持や職員への情報開示の時期にも配慮が必要です。売り手だけで先に問い合わせるのではなく、仲介会社や行政手続きの専門家と相談し、確認事項と開示範囲を整理してから進める方法が考えられます。
人員リスク|人数・資格・勤務実態を月別に確認する
人員DDでは、勤務形態一覧表に必要人数が記載されているだけでは十分ではありません。雇用契約書、賃金台帳、出勤簿、シフト、資格証、研修歴を照合し、実際に基準を満たしていたかを確認します。
主な対象は、管理者、サービス管理責任者、児童発達支援管理責任者、生活支援員、職業指導員、世話人、看護職員、児童指導員、保育士などです。必要な職種、配置数、常勤・専従・常勤換算の考え方はサービス種別によって異なります。
- 同じ職員を複数事業所で重複して計上している
- 専従として届け出た職員が他業務を恒常的に兼務している
- 退職・休職後も加算や減算が見直されていない
- 研修要件や実務経験を証明する資料が不足している
- 勤務予定表と出勤実績、給与支払いが一致しない
- 利用者数を基礎とする必要人員の計算に誤りがある
愛知県が2025年11月に公表した行政処分事例では、サービス管理責任者を常勤として申請しながら勤務実態が異なっていたこと、人員欠如に伴う減算を行わず給付費を請求したことなどが処分理由に挙げられています。この事例からも、届出書だけでなく勤怠・給与・請求まで照合する必要性が分かります。
給付費・指定・人員以外の確認項目
運営指導・監査・改善履歴
過去に運営指導を受けている場合は、結果通知、改善報告、過誤調整、返還関係の資料をまとめます。指摘を受けたことだけで評価が決まるわけではありません。指摘内容を把握し、必要な改善を完了しているかが重要です。
厚生労働省の2026年6月マニュアルでは、運営指導はサービスの質、運営体制、給付費請求の状況等を確認するものとされています。不正や重大な法令違反が疑われる場合には監査へ移行し、事実確認後に勧告、命令、指定取消し等が検討される場合があります。
支援の質と利用者保護
個別支援計画は、完成した計画書だけではなく、アセスメント、原案、会議、本人・家族への説明と同意、交付、モニタリング、見直しまで確認します。
このほか、虐待防止、身体拘束等の適正化、事故・苦情対応、感染症対策、業務継続計画、研修・委員会・訓練の実施記録も確認対象です。書類を後からそろえるのではなく、実施した内容を時系列で説明できる状態が望まれます。
労務・不動産・補助金・個人情報
労務DDでは、雇用契約、労働時間、未払い残業、有給休暇、社会保険のほか、M&A後も管理者や有資格者が勤務を継続する意向があるかを確認します。
賃貸物件では契約上の譲渡制限や名義変更、設備面では建築・消防関係を確認します。補助金で取得した財産には処分制限が付いている可能性があるため、交付決定通知や実績報告も必要です。利用者情報の開示・移管では、個人情報保護、秘密保持、データルームのアクセス権限にも配慮します。
障害福祉DDで準備する主な資料
| 分類 | 主な資料 | 確認するポイント |
|---|---|---|
| 指定・行政 | 指定通知、更新書類、変更届、体制届、運営規程 | 提出内容と現在の運営が一致しているか |
| 人員・労務 | 雇用契約、資格証、研修記録、勤怠、給与、シフト | 必要職種、員数、常勤換算、専従要件を満たすか |
| 請求・支援 | 国保連請求、利用実績、提供記録、個別支援計画、加算資料 | 提供事実、算定要件、請求内容が一致するか |
| 指導・安全管理 | 指導結果、改善報告、事故・苦情、委員会、研修記録 | 未改善・未報告事項が残っていないか |
提出対象を一律に「何年分」と決めることはできません。買い手の調査方針、法令上の保存期間、運営指導歴、問題が疑われる期間などを踏まえて設定します。資料が存在しない場合は、作成日を遡って補うのではなく、欠落している資料と代替資料を区別して説明します。
障害福祉DDの一般的な流れ
- 買い手または専門家から資料依頼リストを受け取る
- 閲覧権限を設定したデータルームへ資料を格納する
- 資料確認、サンプル調査、質問回答を行う
- 必要に応じて経営者や請求担当者、現場責任者へ聞き取りを行う
- 買い手側が発見事項と金額・運営への影響を整理する
- 価格、実行条件、表明保証、補償内容を最終契約へ反映する
請求件数が多い事業所では、最初にサンプルを確認し、継続的な誤りが疑われる場合に対象を広げることがあります。経営者の認識だけで回答せず、請求担当者や現場責任者から実際の運用を確認することが重要です。
株式譲渡と事業譲渡で異なる確認ポイント
| 項目 | 株式譲渡 | 事業譲渡 |
|---|---|---|
| 法人 | 法人格は原則として維持される | 対象事業を買い手法人へ移す |
| 過去のリスク | 対象法人に残る債務・返還リスクを重点確認 | 承継対象と契約上の責任分担を確認 |
| 指定 | 変更届、指定基準、自治体の取扱いを確認 | 買い手側での指定手続きが原則として問題になる |
| 契約・雇用 | 変更支配条項や個別の届出・同意を確認 | 利用契約、雇用、不動産等の個別承継を確認 |
株式譲渡では法人格が維持されるため、過去の給付費請求、労務、税務などの潜在リスクも法人に残り得ます。また、契約に経営権の変更を制限する条項があれば、相手方への通知や承諾が必要になる場合があります。
事業譲渡では、運営法人が変わるため、買い手側の新規指定、売り手側の廃止手続き、利用者契約、職員の雇用、不動産の使用権限などを調整します。指定日と譲渡日が合わなければサービス継続に影響するため、基本合意の前後から指定権者との協議方法を検討します。
具体的な届出、指定申請の締切、事前相談の時期は自治体・サービス種別で異なります。契約締結前に、指定権者と行政手続きの専門家へ確認してください。
DDで問題が見つかった場合の対応
問題が見つかった場合は、次の順番で整理します。
- 何が基準に適合していないのか
- 対象期間・利用者・請求項目はどこまでか
- 過誤か、不正の疑いを含むものか
- 概算影響額をどのように算定するか
- 現在までに何を是正したか
- M&A契約でどのように責任を分担するか
調査結果に応じて、自主点検、過誤調整、配置・記録方法の是正、指定権者への相談を検討します。取引上は、価格調整、クロージング前の是正、代金の一部留保、表明保証、補償条項などで対応を整理する方法があります。
未確認の問題を「問題なし」と説明したり、存在する資料を意図的に開示しなかったりすると、買い手の判断に影響し、契約上の責任をめぐる紛争につながるおそれがあります。事実関係と未確定事項を分けて説明する姿勢が大切です。
売り手がDD前に行いたい4点照合
- 行政への届出:指定、体制届、加算届、変更届
- 勤務実態:雇用契約、資格、シフト、出勤簿、給与
- 支援実態:個別支援計画、提供記録、面談・会議記録
- 請求実態:利用実績、基本報酬、加算・減算、国保連請求
4項目を事業所別・月別に並べ、内容が一致しない箇所へ印を付けます。そのうえで、金額への影響、資料不足、届出漏れ、現在の是正状況を一覧にすると、DDへの回答を整理しやすくなります。
給付費請求や人員配置に不安がある場合は、買い手へ資料を開示する前に論点を整理することが大切です。M&A承継サポートでは、介護・医療・障がい分野に特化した無料相談・無料簡易査定を受け付けています。売却を決めていない段階でも、秘密厳守でご相談いただけます。
まとめ|障害福祉のDDは早期準備が重要
障害福祉のDDでは、給付費請求・指定基準・人員配置を中心に、行政への届出、職員の勤務、実際の支援、国保連請求を照合します。不備が見つかっても、影響範囲を確認し、適切に開示・是正することで、条件を調整しながら協議を続けられる場合があります。
売却を検討し始めた段階から、運営指導の指摘、加算・減算、資格者の継続勤務、指定手続きに関する資料を整理しておきましょう。M&Aの全体的な手順は「売りたい方へ」でもご確認いただけます。
障害福祉M&AのDDに関するよくある質問
過去に給付費の返還があっても売却できますか?
返還歴だけで売却の可否が決まるわけではありません。返還の理由、金額、対象期間、是正状況、同じ問題が残っていないかを整理し、買い手へ開示します。継続リスクがある場合は、価格や契約条件で調整することがあります。
運営指導で受けた指摘は開示すべきですか?
DDで求められた結果通知や改善報告は、正確に開示することが重要です。未完了の改善事項があれば、対応内容、期限、進捗も説明できるようにします。
人員配置の不備が見つかると売却できませんか?
直ちに売却不能になるとは限りません。必要配置、欠如期間、減算の要否、請求への影響、現在の是正状況を確認し、買い手と対応を協議します。
株式譲渡なら指定はそのまま維持されますか?
法人格が維持されることと、何の手続きも不要であることは同じではありません。役員や管理体制等の変更届、指定基準への適合、自治体の取扱いを事前に確認してください。
DDでは何年分の資料を用意しますか?
一律の年数ではありません。法令上の保存期間、買い手の調査方針、運営指導歴、問題が疑われる期間などを踏まえて決定します。
参考にした公的資料
- 厚生労働省「障害福祉分野における指導監督」
- 厚生労働省「指定障害福祉サービス事業者等に対する集団指導・運営指導マニュアル」(2026年6月)
- 厚生労働省「確認項目及び確認文書」(2026年6月)
- 厚生労働省「令和6年度障害福祉サービス等報酬改定について」
- e-Gov法令検索「指定障害福祉サービスの事業等の人員、設備及び運営に関する基準」
- 中小企業庁「中小M&Aガイドライン」
本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、個別案件に関する法務・税務・労務・行政手続き上の助言ではありません。給付費の返還範囲、指定手続き、税務上の取扱い、M&A契約の内容については、指定権者、弁護士、税理士、社会保険労務士、行政書士等へご確認ください。
まずはお気軽にお問い合わせください。

