訪問介護の買収|エリア拡大と人材確保の判断軸
訪問介護の買収では、既存の利用者基盤や人材を引き継ぎ、エリア拡大を早められる可能性があります。ただし、売上や在籍人数だけで判断するのは危険です。重要なのは、利用者宅の訪問密度、買収後も稼働できる人材、介護報酬請求の適正性、指定手続き、買収後の統合計画を確認することです。本記事では、買い手が押さえたい案件選定・価格評価・デューデリジェンスの要点を解説します。
訪問介護事業を買収するメリット
訪問介護事業の買収は、既存事業者のエリア拡大、他の介護サービスとの連携、異業種からの参入などに利用できる選択肢の一つです。ただし、従業員や利用者が必ず残るとは限らないため、買収後の定着まで含めて判断する必要があります。
新規開設より早く事業基盤を得られる可能性がある
新規開設では、事業所の確保、指定申請、採用、利用者獲得、ケアマネジャーなどへの営業を一から進めます。既存事業所を買収する場合は、取引スキームや承継条件によるものの、すでに構築された運営体制、利用者基盤、地域の紹介ルートを活用できる可能性があります。
一方、利用者宅が広い範囲に点在していると、移動時間や交通費が増えます。「利用者がいる」ことと「効率的に訪問できる」ことは分けて評価しなければなりません。
ヘルパーやサービス提供責任者を確保できる可能性がある
厚生労働省は、訪問介護について、小規模事業所が多いこと、ヘルパーの高齢化、原則として一人で利用者宅を訪問するサービス形態などから、介護人材の中でも特に人材確保の課題が大きいと説明しています。
採用が難しい地域では、採用活動だけで必要人数をそろえるのではなく、人材と事業基盤を一体で引き継ぐことが買収目的になります。ただし、雇用の承継と買収後の定着は別問題です。
本部業務を共通化できる
既存の管理部門を活用できれば、請求、採用、研修、経理、システム管理などを共通化できる可能性があります。ただし、買収直後にシステムや就業ルールを一斉変更すると、現場の混乱や離職につながることがあります。削減効果だけでなく、移行費用と現場負担も計画へ含めましょう。
買収目的から案件の選定基準を決める
良い案件の条件は、買収目的によって異なります。候補を探す前に「何を取得したいのか」を明確にすると、価格や売上規模だけに左右されにくくなります。
| 買収目的 | 優先して確認する項目 | 主な注意点 |
|---|---|---|
| 既存エリアの強化 | 利用者宅の分布、自社の空きシフト、紹介元 | 自社事業との利用者・人材の重複 |
| 隣接エリアへの進出 | 拠点間距離、管理者、採用環境 | 本部から十分に支援できない可能性 |
| 人材確保 | 資格、実働時間、勤続年数、年齢構成 | 買収後の退職と重要人材への依存 |
| 他サービスとの連携 | 利用者層、紹介経路、サービス提供地域 | 囲い込みと受け取られない運用 |
| 異業種からの参入 | 管理体制、制度対応、現場責任者 | 買収後に運営を担う人材の不足 |
訪問介護の買収候補エリアを見極めるポイント
人口よりも「訪問密度」を確認する
高齢者人口が多い地域でも、利用者宅が離れていれば移動時間が長くなり、ヘルパーの実働効率が低下します。初期検討では利用者情報を匿名化したうえで、住所エリア、曜日、時間帯、訪問時間を地図や表で確認しましょう。
- 利用者宅と事業所の距離
- 訪問間の移動時間と待機時間
- 朝夕など依頼が集中する時間帯
- キャンセルや時間変更の頻度
- 自社拠点から応援できる範囲
- ケアマネジャーなど紹介元の分布
公表情報と対象会社の資料を照合する
候補エリアの初期調査には、厚生労働省の「介護サービス情報公表システム」を利用できます。全国の事業所情報を検索でき、オープンデータも公開されています。ただし、公表情報だけでは実際の稼働状況や採算性まで分からないため、対象会社の利用実績、シフト、紹介経路などと照合します。
買収による人材確保で確認すべきこと
在籍人数ではなく実働可能時間を見る
登録ヘルパーが多くても、勤務できる曜日や時間帯が限られていれば、受け入れ可能な訪問件数は増えません。従業員名簿だけでなく、資格、雇用形態、直近の勤務実績、担当可能なサービス、兼業状況を確認します。
国の基準では、指定訪問介護事業所に置く訪問介護員等は常勤換算で2.5以上とされています。また、サービス提供責任者は原則として利用者40人またはその端数ごとに1人以上とされ、一定の配置・業務効率化要件を満たす事業所では50人ごとに1人以上とする取扱いがあります。
これは国の基準であり、条例、最新通知、兼務の可否なども含め、買収時点の取扱いを指定権者へ確認してください。
出典:厚生労働省「指定居宅サービス等の事業の人員、設備及び運営に関する基準」第5条
キーパーソンへの依存度を調べる
管理者やサービス提供責任者が、利用者対応、シフト、請求、営業を一人で抱えている場合、その人の退職が事業継続へ大きく影響します。属人化している業務、後任候補、引継ぎ期間、買収後の就業意向を確認しましょう。
処遇改善加算と賃金設計を確認する
令和8年度介護報酬改定では、令和8年6月から介護職員等処遇改善加算が拡充されています。ただし、すべての事業所が一律に同じ効果を得られるわけではありません。
対象事業所が算定している区分、計画書と実績報告の整合、賃金改善の実施状況、生産性向上等の要件を確認します。買収後に給与制度を統合する場合も、加算額の取扱いを含めた制度設計が必要です。
出典:厚生労働省「介護職員の処遇改善」、厚生労働省「令和8年度介護報酬改定」
訪問介護事業の買収価格はどう決まる?
純資産と収益力を基本に評価する
中小企業の簡易的な評価では、資産と負債を実態に合わせて修正した時価純資産へ、将来の収益力を反映した営業権(のれん)を加える考え方があります。日本政策金融公庫も「時価純資産額+営業権」を譲渡価格の参考値を考える方法として紹介しています。
ただし、これは簡易的な目安です。訪問介護の買収価格には統一された相場があるわけではなく、最終的には収益性、承継人材、利用者基盤、リスク、交渉条件などによって変わります。
正常な収益力へ調整する
決算書の利益をそのまま評価へ使うのではなく、オーナー個人に関係する経費、一時的な補助金、臨時の採用費、買収後に不要となる費用、新たに必要になる管理費を整理します。
訪問介護では、移動・待機時間を含む人件費や、曜日・時間帯別の採算性も重要です。売上が増えていても、長距離移動や欠員対応による残業が増えていれば、実態収益は低い可能性があります。
買収代金と追加投資を合わせて判断する
価格が低い案件でも、採用、記録の整備、システム更新、車両、事務所移転などに追加負担が生じることがあります。買収価格だけでなく、専門家費用、運転資金、買収後の改善費用を加えた総投資額で判断しましょう。
訪問介護の買収価格や候補エリアの決め方に迷っている場合は、無料相談で希望地域・予算・買収目的を整理する方法があります。M&A承継サポートは介護・医療・障がい分野に特化し、案件探索の初期段階からご相談を承ります。
株式譲渡と事業譲渡はどちらを選ぶ?
| 項目 | 株式譲渡 | 事業譲渡 |
|---|---|---|
| 取得対象 | 対象法人の株式 | 契約で定めた事業・資産・負債 |
| 運営法人 | 原則として変わらない | 譲受法人へ変わる |
| 従業員 | 雇用主である法人は原則同じ | 労働契約の承継には原則として対象労働者の承諾が必要 |
| 主な注意点 | 簿外債務や過去のリスクが法人内に残る | 指定、契約、資産、雇用の移転手続きが多い |
株式譲渡では運営法人が存続しますが、役員変更などの届出や、契約上の支配権変更条項を確認する必要があります。
事業譲渡では指定主体が変わるため、原則として譲受法人側で新規指定の手続きを行います。また、労働契約を譲受法人へ承継するには、原則として対象労働者の承諾が必要です。厚生労働省の事業譲渡等指針は2026年5月25日から改正版が適用されています。
必要な手続きは、法人形態、自治体、取得対象によって異なります。契約条件を固める前に、弁護士、税理士、社会保険労務士などの専門家と指定権者へ相談してください。
デューデリジェンスで確認する項目
デューデリジェンス(DD)とは、買い手が対象会社の価値とリスクを調査する手続きです。中小企業庁も、M&A前にDDを行い、リスクを可能な限り特定することが重要だとしています。
財務・介護報酬
- 事業所別の売上、利益、資金繰り
- 国保連請求データと会計数値の整合
- 加算・減算の算定根拠
- 返戻、過誤調整、返還、行政指導の履歴
- 借入金、リース、未払金、簿外債務
人員・労務
- 人員基準と実際の勤務実績
- 資格証、雇用契約書、勤怠、給与台帳
- 未払い残業代や社会保険の状況
- 退職予定者と買収後の就業意向
- 管理者・サービス提供責任者の兼務状況
運営・コンプライアンス
訪問介護の運営基準では、勤務体制、研修、業務継続計画、感染症対策、虐待防止、事故対応、記録整備などが定められています。書類の有無だけでなく、委員会、研修、訓練、見直しが実際に行われているかを確認します。
- 指定申請・変更届と現在の運営実態
- 訪問介護計画とサービス提供記録
- 運営指導・監査の結果と改善状況
- 事故、苦情、虐待、情報漏えいの履歴
- BCP、感染症対策、研修・訓練の記録
利用者・商圏
- 利用者数、介護度、サービス内容
- 利用終了と新規獲得の推移
- 特定利用者や紹介元への依存
- 曜日・時間帯別の稼働状況
- 移動時間を含めた訪問別の採算性
買収を見送る判断も必要な注意サイン
- 重要人材が買収後に退職する可能性が高い
- 人員配置や勤務実績を裏付ける資料が不足している
- 介護報酬の算定根拠が不明瞭である
- 特定の紹介元やオーナー個人の関係に依存している
- 利用者宅が広く分散し、移動負担が大きい
- 買収後の採用費・是正費用・運転資金を見込めていない
問題が見つかった場合は、影響額と改善可能性を確認します。価格調整、クロージングの前提条件、表明保証、補償条項、売り手による引継ぎで対応できることもありますが、説明や資料が不十分な場合は見送りも必要です。
訪問介護事業を買収する流れ
- 買収目的を決める:エリア、人材、予算、対象規模を整理します。
- 候補案件を探す:M&A仲介会社、金融機関、事業承継・引継ぎ支援センター、M&Aプラットフォームなどを検討します。
- 秘密保持契約を結ぶ:財務、人員、利用状況などの資料を確認します。
- 経営者面談を行う:譲渡理由、運営方針、買収後の協力について確認します。
- 意向表明・基本合意へ進む:価格、スキーム、引継ぎ、独占交渉などの条件を整理します。
- DDを実施する:財務・税務・法務・労務・介護事業運営を調査します。
- 最終契約を締結する:最終条件、表明保証、補償、前提条件を定めます。
- 行政手続きとクロージングを行う:指定権者と必要な申請・届出を確認します。
資金計画では、買収代金だけでなく、DD費用、仲介手数料、税務・法務費用、運転資金、買収後の採用・システム統合費用も見込みます。融資を利用する場合は、金融機関の審査期間を取引日程へ織り込む必要があります。
買収後100日を目安に取り組むPMI
PMIとは、買収後に経営・組織・業務を統合する取組です。ここで示す「100日」は法令上の期限ではなく、初期統合を計画するための実務上の目安です。
中小企業庁の「中小PMIガイドライン」では、主な取組領域を経営統合、信頼関係構築、業務統合に整理しています。
クロージング前に説明方針を決める
誰が、いつ、どのように従業員、利用者、家族、紹介元へ説明するかを決めます。情報開示が早すぎると秘密保持に影響し、遅すぎると不信感につながるため、契約状況と関係者への影響を踏まえて計画します。
最初の30日は事業継続と安心を優先する
買収直後は大幅な制度変更よりも、給与、シフト、請求、利用者対応を止めない体制を優先します。重要人材と面談し、不安、役割、就業意向を早めに確認します。
その後に業務統合と改善を進める
現場の状況を把握したうえで、記録・請求システム、就業ルール、研修、本部業務を段階的に統合します。買収効果は、従業員の定着、利用者数、時間帯別稼働、移動時間、キャンセル、紹介元構成、採用費などで確認します。
訪問介護の買収に関するよくある質問
訪問介護事業の買収にはどのくらいの期間がかかりますか?
案件規模、資料の整備状況、DD、資金調達、指定手続きによって異なります。事業譲渡で新規指定が必要な場合は、指定権者との事前相談を含めた日程が必要です。
赤字の訪問介護事業所も買収できますか?
赤字の原因が一時的で改善可能である、人材や利用者基盤に価値がある、自社事業との統合で効率化できるといった場合は、検討対象になり得ます。赤字の原因と必要な追加投資を明確にして判断します。
買収すれば従業員も自動的に引き継げますか?
株式譲渡では雇用主である法人が原則として変わりません。事業譲渡で労働契約を譲受法人へ承継する場合は、原則として対象労働者の承諾が必要です。いずれの場合も、買収後の定着を保証するものではありません。
介護事業者としての指定はそのまま引き継げますか?
株式譲渡と事業譲渡では取扱いが異なります。事業譲渡では原則として譲受法人側の新規指定が必要です。株式譲渡でも役員などの変更届が必要になることがあるため、必ず指定権者へ確認してください。
離れた地域の事業所も買収できますか?
検討は可能ですが、管理者不在時の対応、採用、本部支援、緊急時の応援が難しくなります。事業所単体の収益だけでなく、自社が継続的に管理できる距離かどうかを確認しましょう。
まとめ|エリア・人材・運営実態から買収を判断する
訪問介護の買収は、エリア拡大や人材確保を進める選択肢の一つです。しかし、利用者数や在籍人数だけでは、買収後の収益性や運営の安定性を判断できません。
訪問密度、実働可能な人材、介護報酬請求、指定・労務手続き、重要人材の定着、買収後の追加投資を一体で評価することが重要です。候補案件の検討段階からDDとPMIを見据え、自社が引き継いで運営できるかを判断しましょう。
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本記事は2026年8月時点の公表情報に基づく一般的な情報提供を目的としており、個別の税務・法務・労務・介護報酬・行政手続きに関する助言ではありません。具体的な取引では、弁護士、税理士、公認会計士、社会保険労務士などの専門家および指定権者へご確認ください。
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