介護施設の原状回復費用|廃業と売却の損得を比較
介護施設の原状回復費用は、建物の規模や設備、賃貸借契約の内容によって異なります。特に浴室や手すりなどの設備が多い施設では、退去時の撤去費用が大きな負担になる可能性があります。一方、M&Aによって事業や設備を引き継げれば、費用を抑えられる場合もあります。ただし、売却によって原状回復義務が自動的になくなるわけではありません。本記事では、原状回復費用の内訳、廃業時の負担、売却との損得比較を具体的な試算とともに解説します。
介護施設の原状回復費用はいくら?主な費用と内訳
介護施設を廃業する際、建物を賃借している場合には原状回復費用が発生することがあります。その金額は、面積だけでなく、設備や内装の状況、契約上求められる返還状態によって変わります。
なお、この記事で扱うのは、施設の運営事業者が賃貸物件を退去する際の原状回復です。老人ホームの入居者が居室を退去する場合の費用とは異なります。
原状回復とは?スケルトン工事との違い
原状回復とは、賃貸借契約の終了時に、借りていた建物を契約上求められる状態に戻すことです。
民法第621条では、通常の使用による損耗や経年変化について、原則として賃借人の原状回復義務の対象外としています。
ただし、介護施設などの事業用物件では、内装撤去や設備の復旧に関する特約が設けられていることがあります。実際の負担範囲は、契約内容や特約の有効性などを踏まえた判断が必要です。
また、原状回復とスケルトン工事は同じ意味ではありません。スケルトン工事は、内装や設備を撤去し、建物の構造部分に近い状態にする工事です。
すべての介護施設でスケルトン状態への返還が必要なわけではなく、まず契約条件を確認することが重要です。
介護施設の原状回復費用に含まれる項目
介護施設には、一般的な事務所とは異なる設備が設置されています。主な工事項目は次のとおりです。
| 費用項目 | 主な工事内容 | 費用に影響する条件 |
|---|---|---|
| 内装解体・補修 | 間仕切り撤去、床・壁の補修 | 施工面積、内装材、撤去範囲 |
| 浴室設備の撤去 | 浴槽・機械浴設備の撤去 | 設備の大きさ、配管の構造 |
| バリアフリー設備の撤去 | 手すり・スロープなどの撤去 | 設置箇所、固定方法 |
| 設備関連工事 | 給排水・電気・空調設備の処理 | 配線・配管の範囲 |
| 廃棄物処分 | 撤去設備や建築資材の処分 | 廃棄物の種類、数量 |
| 諸経費 | 搬出、養生、現場管理など | 工事条件、作業環境 |
例えば、機械浴を備えたデイサービスでは、設備の撤去だけでなく、給排水管の処理や床面の補修が必要になることがあります。
一方、事務所機能が中心の訪問介護事業所では、浴室などの設備がない分、工事範囲が比較的小さい場合もあります。
坪単価だけでは費用を判断できない
原状回復工事の費用は坪単価で紹介されることがありますが、介護施設全体に適用できる公的な全国共通相場は確認できません。
仮に同じ面積であっても、特殊浴槽を設置した施設と一般的な事務所では工事内容が異なります。また、建物の構造や搬出経路によっても金額が変わります。
そのため、坪単価による概算だけで廃業費用を確定せず、現地調査に基づく見積もりを取得しましょう。
介護施設の種類によって原状回復費用はどう変わる?
介護施設の原状回復では、施設の種類ごとに撤去対象となる設備が異なります。
| 施設・事業所 | 主な確認設備 | 注意点 |
|---|---|---|
| デイサービス | 浴室、機械浴、機能訓練設備 | 水回りの撤去・復旧範囲 |
| グループホーム | 居室、浴室、厨房、共用設備 | 居住機能に関わる設備の扱い |
| 訪問介護事業所 | 事務設備、間仕切り、空調 | 事務所内装の返還条件 |
| 有料老人ホーム | 居室、厨房、浴室、消防設備 | 建物の規模と設備の所有区分 |
例えば、グループホームでは複数の居室や共用スペースがあるため、内装の補修範囲が広くなる場合があります。
また、有料老人ホームでは、建物を一棟借りているのか、一部を賃借しているのかによっても退去時の対応が変わります。
施設を自己所有している場合には、賃貸借契約に基づく原状回復ではなく、建物の売却・解体・設備処分などを検討することになります。
費用を把握する際は、施設種別だけでなく、建物の所有形態と契約条件を整理することが大切です。
原状回復費用を抑えるために確認したい契約条件
賃貸借契約書で確認する5つの項目
原状回復の見積もりを取得する前に、賃貸借契約書と関連する覚書などを確認しましょう。
- 原状回復の範囲と返還時の状態
- 内装・設備の撤去義務と特約
- 解約予告期間と中途解約違約金
- 敷金・保証金の返還条件
- 賃借権の譲渡や契約変更に関する条件
例えば、内装をすべて撤去する契約であれば、設備を残して退去することは難しい場合があります。
一方、貸主が設備の残置を承諾すれば、工事内容を変更できる可能性があります。
ただし、設備の所有権や将来の撤去責任が曖昧なままだと、後のトラブルにつながるおそれがあります。合意内容は書面に残すことが重要です。
敷金・保証金の返還額も確認する
退去時には、敷金や保証金が返還される場合があります。
ただし、未払い賃料や原状回復費用などが精算されるほか、契約によっては保証金の償却が定められていることもあります。
そのため、預け入れた金額が全額返還されるとは限りません。
返還見込額と返還時期を確認し、廃業時の資金計画に反映させましょう。
介護施設を廃業すると原状回復以外にどんな費用がかかる?
介護施設の廃業では、原状回復費用だけでなく、事業終了までに必要な支出を把握することが重要です。
廃業時に想定される主な費用
| 項目 | 具体的な内容 |
|---|---|
| 原状回復費用 | 内装解体、設備撤去、補修工事 |
| 設備・備品処分費 | 介護ベッド、家具、事務機器などの処分 |
| 人件費関連 | 賃金の精算、契約や規程に基づく退職関連費用 |
| 契約解除費用 | 賃貸借契約やリース契約の違約金 |
| 閉鎖までの運営費 | 賃料、水道光熱費、保険料など |
| 専門家への報酬 | 必要に応じた税務・法務・事務手続き費用 |
さらに、借入金の返済やリース残債が問題になる場合があります。
補助金を利用して導入した設備については、財産処分に関する承認手続きや返還が必要になる可能性もあります。
なお、退職金の支払いは、就業規則や雇用契約などの内容によって異なります。すべての従業員に一律の退職金が発生するわけではありません。
廃業時には利用者への対応も必要
介護施設の廃業では、費用面に加えて利用者へのサービス提供にも配慮する必要があります。
介護保険法第75条第2項では、指定居宅サービス事業者が事業を廃止または休止する場合、原則として予定日の1か月前までに届け出ることが定められています。
また、同法第74条第5項では、サービスの継続を希望する利用者に対し、関係事業者との連絡調整などを行うことが求められています。
ただし、指定辞退が必要な施設など、サービス種別によって適用される手続きは異なります。
廃業を検討する際は、工事日程だけでなく、利用者への説明、職員への対応、行政手続きに必要な期間も見込んでおきましょう。
介護施設の廃業と売却はどちらが得?費用シミュレーション
原状回復費用が大きな負担になる場合には、M&Aによる事業売却も比較対象になります。
買い手が施設や設備を継続利用できれば、撤去工事の負担を抑えられる可能性があります。
ただし、売却には仲介手数料や専門家費用が発生する場合があり、売却価格だけで判断することはできません。
廃業と事業譲渡の費用を比較
以下は、賃貸物件でデイサービスを運営する法人を想定した架空の計算例です。
【試算条件】
- 売却方法は事業譲渡とし、譲渡対価は運営法人が受け取る
- 売却時は買い手が設備を引き継ぐ
- 貸主が書面で設備残置と原状回復負担の免除に合意する
- 売却時は従来の賃貸借契約を終了し、買い手が新たに契約する
- 廃業・売却ともに敷金返還額と事業終了までの期間は同じと仮定する
- 税金、借入金返済、その他の既存債務は計算対象外とする
| 項目 | 廃業する場合 | 事業売却する場合 |
|---|---|---|
| 原状回復工事費 | -180万円 | 0円 |
| 設備・備品処分費 | -50万円 | 0円 |
| 賃貸借契約の違約金 | -20万円 | 0円 |
| 人件費・引き継ぎ関連費 | -30万円 | -20万円 |
| 終了・承継までの運営費 | -40万円 | -40万円 |
| 専門家費用 | -10万円 | -15万円 |
| M&A支援報酬 | 0円 | -70万円 |
| 貸主との条件調整費 | 0円 | -30万円 |
| 敷金返還 | +40万円 | +40万円 |
| 事業譲渡対価 | 0円 | +250万円 |
| 差引資金収支 | -290万円 | +115万円 |
この架空の条件では、廃業時に290万円の資金流出、売却時に115万円の資金流入となり、差額は405万円です。
ただし、表中の金額はすべて説明用の仮定であり、実際の原状回復費用、売却相場、仲介手数料の水準を示すものではありません。
特に、売却時の原状回復費用を0円としているのは、貸主との合意が成立した場合に限った条件です。また、M&A支援報酬の金額は実際の契約条件によって変わります。
この表は法人に関する一部の資金収支を示したものであり、経営者個人の手取り額ではありません。
売却が必ず有利になるとは限らない
売却価格が想定より低い場合や、原状回復義務が残る場合には、資金収支が大きく変わります。
また、買い手が見つからなければ売却は成立しません。売却活動が長引くことで、追加の賃料や人件費が必要になる場合もあります。
さらに、事業譲渡では資産の種類などに応じて消費税が課税されることがあります。国税庁の2026年4月1日現在の資料でも、事業用設備などの譲渡は資産の譲渡に該当すると説明されています。
実際の比較では、売却価格、支援報酬、税負担、借入金、原状回復費用、成約までの運転資金を含めて試算することが重要です。
廃業を決める前に、事業の売却可能性を確認しませんか?
M&A承継サポートでは、介護・医療・障がい福祉分野の事業承継について、無料相談・無料簡易査定を受け付けています。原状回復費用や廃業コストが気になる場合も、まずは事業の相場感を把握し、選択肢を整理することから始められます。ご相談内容は秘密厳守で取り扱います。
介護施設の売却で原状回復費用を抑えられる可能性がある理由
設備を残したまま事業を引き継げる場合がある
介護施設のM&Aでは、買い手が既存の建物や設備を活用して事業を継続するケースが考えられます。
例えば、デイサービスの浴室や手すり、機能訓練設備を継続利用できれば、設備撤去や新規導入にかかる費用を減らせる可能性があります。
ただし、買い手が設備を引き継ぐことと、貸主が原状回復義務を免除することは別の問題です。
契約上の負担が売り手に残る場合もあるため、設備の所有権、修繕責任、将来の撤去費用について書面で整理することが重要です。
事業譲渡と株式譲渡では契約の扱いが異なる
介護事業のM&Aには、事業譲渡や株式譲渡などの方法があります。
| 比較項目 | 事業譲渡 | 株式譲渡 |
|---|---|---|
| 譲渡対象 | 事業に必要な資産や契約など | 会社の株式 |
| 運営法人 | 譲受側の法人に変わる | 原則として同じ法人が存続 |
| 賃貸借契約 | 承継や新規契約の調整が必要 | 原則として法人名義の契約が継続 |
| 原状回復義務 | 貸主との合意や契約内容による | 原則として法人に義務が残る |
民法第612条では、賃借権の譲渡には原則として貸主の承諾が必要とされています。
一方、株式譲渡では運営法人そのものが変わらないため、通常は法人が締結した賃貸借契約が継続します。ただし、契約に株主変更に関する条項がある場合には確認が必要です。
なお、社会福祉法人には株式会社のような株式がないため、株式譲渡による承継はできません。法人形態によって選択できる承継方法が異なります。
介護保険の指定と雇用承継にも注意する
事業譲渡で運営法人が変わる場合、介護保険サービスの指定がそのまま引き継がれるとは限りません。
譲渡元の廃止届と譲受側の新規指定申請などが必要となる場合があります。具体的な手続きは、サービス種別と指定権者への確認が必要です。
また、事業譲渡に伴う労働契約の承継には、原則として対象となる労働者本人の承諾が必要です。
厚生労働省の「事業譲渡等指針」は2026年5月25日から改正内容が適用されており、労働者との適切な意思疎通などが重視されています。
売却を検討する際は、設備や契約だけでなく、従業員の雇用や利用者へのサービス提供にも配慮しましょう。
赤字の介護施設でも売却できる可能性はある?
現在赤字の介護施設であっても、M&Aによる売却を検討できる場合があります。
買い手は利益だけでなく、施設の立地、利用者の状況、人員体制、設備の状態、今後の事業継続の見通しなどを確認します。
買い手が確認する主な評価項目
- 施設の立地と周辺の介護需要
- 利用者数・稼働率の推移
- 従業員数と資格保有者の状況
- 建物・設備の状態と修繕見込み
- 赤字の原因と収益改善の可能性
- 借入金やリース契約などの債務状況
- 行政指導・法令遵守の状況
例えば、一時的な人員不足などによって赤字となっている施設でも、買い手の運営体制によって改善の可能性があると判断される場合があります。
一方、利用者の減少が続いている施設や、多額の設備更新費用が必要な施設では、売却条件が厳しくなることも考えられます。
赤字という理由だけで売却を諦めず、事業全体の価値を確認することが大切です。
介護施設の廃業と売却を比較する5つのステップ
ステップ1:契約書と原状回復費用を確認する
賃貸借契約書を確認し、返還条件や違約金の有無を整理します。必要に応じて工事業者から見積もりを取得しましょう。
ステップ2:廃業に必要な総費用を計算する
設備撤去、契約解除、人件費、閉鎖までの運営費などを一覧化します。敷金返還や借入金の取扱いも確認します。
ステップ3:事業の売却可能性を調べる
決算書、事業所別の損益、利用者数、従業員数、賃貸借契約書などを整理し、第三者への承継可能性を確認します。
売却準備については、関連記事「介護M&Aの必要書類チェックリスト」も参考になります。
ステップ4:売却後の資金収支を試算する
売却価格からM&A支援報酬、専門家費用、税負担などを差し引いて比較します。
株式譲渡と事業譲渡では、対価を受け取る主体や税務上の取扱いが異なるため、経営者個人の手取りを判断する際には専門家への確認が必要です。
ステップ5:利用者・職員への影響も踏まえて判断する
廃業と売却のどちらを選ぶ場合でも、利用者へのサービス提供や従業員の雇用に配慮する必要があります。
売却によって事業を継続できる可能性はありますが、すべての雇用や利用契約が自動的に承継されるわけではありません。
資金面と事業継続の実現可能性を総合的に判断しましょう。
介護施設の原状回復・廃業・売却に関するFAQ
Q1. 介護施設の原状回復費用には相場がありますか?
介護施設全体に適用できる公的な全国共通相場は確認できません。建物の規模、設備、賃貸借契約の内容などによって異なるため、現地調査に基づく見積もりが必要です。
Q2. 売却すれば原状回復費用は不要になりますか?
必ずしも不要にはなりません。買い手が設備を引き継ぎ、貸主との間で原状回復義務の取扱いについて合意できた場合には、売り手の負担を抑えられる可能性があります。
Q3. 原状回復費用を抑える方法はありますか?
契約上必要な工事範囲の確認、見積もり内容の比較、設備の再利用などが考えられます。ただし、設備を残す場合には貸主の承諾などが必要です。
Q4. 赤字の介護施設でもM&Aによる売却は可能ですか?
赤字でも売却を検討できる場合があります。ただし、立地や利用者数、設備の状態、債務などによって評価が異なり、買い手が見つかる保証はありません。
Q5. 廃業と売却はどちらを先に検討すべきですか?
廃業を確定する前に、原状回復を含めた廃業費用と、売却可能性を並行して確認する方法が考えられます。行政手続きや売却に要する期間も踏まえて判断しましょう。
まとめ|介護施設の原状回復費用を把握し、廃業と売却を比較しよう
介護施設の原状回復費用は、建物の規模、設備、賃貸借契約の内容によって異なります。
廃業する場合には、原状回復だけでなく、人件費や契約解除費用などを含めた資金計画が必要です。
一方、M&Aによって事業や設備を引き継げる場合には、原状回復費用の負担を抑えられる可能性があります。
ただし、売却価格や契約条件、買い手との交渉結果によっては、必ずしも廃業より有利になるとは限りません。
大切なのは、廃業を決断する前に、事業の価値と必要な費用を比較することです。
参考資料・出典
- e-Gov法令検索「民法」第612条・第621条:民法(法令全文)
- 厚生労働省「介護保険法」第74条・第75条:介護保険法
- 厚生労働省「事業譲渡等指針の一部改正について」(2026年5月25日適用):公式資料
- 厚生労働省「合併・事業譲渡」(社会福祉法人の合併・事業譲渡等マニュアル、2026年3月31日改訂版を掲載):公式資料
- 中小企業庁「中小M&Aガイドライン(第3版)」(2024年8月改訂):公式資料
- 国税庁「No.6117 資産の譲渡等とは」(2026年4月1日現在):公式資料
免責事項:本記事は2026年11月4日時点で確認できる公的資料を基にした一般的な情報提供を目的としており、個別の法律・税務・行政手続きに関する助言ではありません。原状回復義務、介護保険の指定手続き、M&Aに伴う税負担などは、個別の契約条件や事業内容によって異なります。実際の判断にあたっては、弁護士、税理士、指定権者などの専門家・行政機関にご確認ください。本文の費用シミュレーションは架空の計算例であり、実際の費用相場、売却価格、経済的成果を保証するものではありません。
まずはお気軽にお問い合わせください。

