介護事業の価値評価|EV/EBITDAと修正純資産法
介護事業のM&Aを検討する際、多くの経営者が最初に気になるのは「自社はいくらで売却できるのか」という点ではないでしょうか。しかし、介護事業の価値は売上や利益だけで決まるものではありません。実務では、修正純資産法やEV/EBITDA法(マルチプル法)など複数の評価手法を組み合わせ、財務状況だけでなく、事業の継続性や将来性、人材体制なども総合的に評価します。本記事では、介護事業の価値評価の基本から代表的な算定方法、価格に影響する要素までを、M&A初心者にもわかりやすく解説します。
介護事業の価値評価とは
介護事業の価値評価(バリュエーション)とは、M&Aにおいて「企業や事業にどの程度の価値があるのか」を客観的な手法で算定することです。
中小企業庁の「中小M&Aガイドライン(第3版)」では、企業価値評価は主に次の3つのアプローチに分類されています。
| 評価アプローチ | 代表的な手法 | 特徴 |
|---|---|---|
| コストアプローチ | 修正純資産法・時価純資産法 | 保有資産を基準に評価する |
| マーケットアプローチ | EV/EBITDA法(マルチプル法) | 市場や類似企業との比較で評価する |
| インカムアプローチ | DCF法 | 将来の収益力を基準に評価する |
中小M&Aでは、修正純資産法だけ、あるいはEV/EBITDA法だけで価格を決めることはほとんどありません。複数の評価手法を比較し、それぞれの結果を踏まえて総合的に企業価値を判断することが一般的です。
企業価値・株式価値・譲渡価格の違い
「企業価値」と「実際の売却価格」は同じ意味ではありません。
企業価値(EV) ↓ 純有利子負債などを調整 ↓ 株式価値 ↓ 買い手との交渉 ↓ 最終的な譲渡価格
企業価値はあくまで算定結果の一つです。最終的な譲渡価格は、デューデリジェンス(買収監査)の結果や契約条件なども踏まえ、譲り手・買い手双方の合意によって決定されます。
価格が一つに決まらない理由
介護事業は、設備や建物だけではなく、人材や利用者との信頼関係、地域でのブランド、各種加算の取得状況など、数字だけでは表れない価値が大きい業種です。
例えば、次のような項目は企業価値へ大きく影響します。
- 利用者の稼働率が安定しているか
- 介護報酬加算を適切に取得しているか
- 介護職員・管理者が定着しているか
- 経営者への依存度が低いか
- 行政指導や重大な法令違反がないか
- 地域の需要や将来性があるか
このように、決算書だけでは把握できない要素も企業価値へ反映されるため、同じ売上規模でも譲渡価格に差が生じます。
介護M&Aでよく使われる価値評価の方法
介護事業のM&Aでは、主に「修正純資産法」と「EV/EBITDA法(マルチプル法)」が活用されます。成長性が高い案件ではDCF法を参考にすることもありますが、中小企業では修正純資産法とEV/EBITDA法が実務上の中心となっています。
修正純資産法
修正純資産法とは、貸借対照表に記載されている資産・負債を現在の時価へ修正し、その純資産を基準として企業価値を算定する方法です。
例えば、土地や建物、有価証券などは帳簿価格ではなく現在の価値へ修正して評価します。
資産を多く保有する介護施設や、不動産を所有している法人では、この手法が企業価値の土台となるケースが少なくありません。
EV/EBITDA法(マルチプル法)
EV/EBITDA法は、企業が生み出す収益力を基準に企業価値を算定する代表的な評価方法です。
一般的な考え方は次の式で表されます。
株式価値 = EBITDA × EV/EBITDA倍率 − 純有利子負債
M&A支援機関登録制度では、EV/EBITDA法について「営業利益+減価償却費」で簡易的にEBITDAを算定するケースが多いと説明されています。
EBITDAとは
EBITDAは、本業の収益力を比較するために利用される指標です。
一般的には「営業利益+減価償却費」で簡易的に算出されることが多く、設備投資の影響を受けにくいため、企業同士の比較にも利用されています。
EV/EBITDA倍率はどのくらい?
倍率は一律ではなく、業種や収益性、成長性などによって変動します。
M&A支援機関登録制度が公表した2024年度の中小M&Aデータでは、「社会保険・社会福祉・介護事業」のEV/EBITDA倍率の中央値は9.0倍でした。ただし、第一四分位は3.7倍、第三四分位は19.2倍となっており、案件ごとの差が大きいことが分かります。倍率だけで企業価値を判断することは適切ではなく、個別事情を踏まえた評価が重要です。
計算イメージ
EV/EBITDA法では、まずEBITDAを算出し、それにEV/EBITDA倍率(マルチプル)を掛け合わせて企業価値(EV)を求めます。
| 項目 | 例 |
|---|---|
| EBITDA | 2,000万円 |
| EV/EBITDA倍率 | 案件ごとに設定 |
| 企業価値(EV) | 2,000万円 × 倍率 |
算出された企業価値から純有利子負債などを調整し、最終的な株式価値を算定します。
なお、M&A支援機関登録制度が公開している2024年度の中小M&A案件データでは、「社会保険・社会福祉・介護事業」のEV/EBITDA倍率の中央値は9.0倍となっています。一方で、第一四分位は3.7倍、第三四分位は19.2倍であり、案件によって大きな幅があります。そのため、倍率だけで企業価値を判断することは適切ではありません。
倍率が変動する主な要因
同じ介護事業であっても、次のような要素によってEV/EBITDA倍率や企業価値は変わります。
- サービス種別(訪問介護・通所介護・施設系など)
- 稼働率・利用者数の推移
- 介護報酬加算の取得状況
- 管理者・有資格者への依存度
- 職員の定着率
- 地域の人口動態や市場性
- 将来の収益性や成長性
インターネット上で紹介されている倍率は参考情報の一つに過ぎません。実際の価値評価では、財務内容だけでなく、事業運営の安定性や将来性も含めて総合的に判断されます。
介護事業ではどの評価方法が重視される?
実務では、一つの評価方法だけで価格を決めることはほとんどありません。
例えば、修正純資産法で企業の基礎的な価値を確認し、EV/EBITDA法で収益力を評価したうえで、それぞれの結果を比較しながら最終的な企業価値を検討するケースが一般的です。中小M&Aガイドラインでも、案件の特性に応じて複数の評価手法を比較・検討することが望ましいとされています。
利益が安定している会社
安定した利益を継続的に生み出している事業では、EV/EBITDA法による評価が重視される傾向があります。
特に、介護報酬加算を適切に取得し、稼働率が高く、人材が定着している事業は、将来的にも安定したキャッシュフローが期待できるため、買い手からプラス要因として見られることがあります。
赤字会社
赤字であっても、必ずしも売却できないわけではありません。
例えば、次のようなケースでは買い手から評価される可能性があります。
- 利用者数が増加傾向にある
- 人材採用が安定している
- 競合が少ない地域で事業を展開している
- 買い手との相乗効果(シナジー)が期待できる
一方で、慢性的な赤字に加えて人材不足や利用者減少が続いている場合は、価値評価へ影響する可能性があります。
施設系・在宅系で評価ポイントは異なる
介護施設では、稼働率や待機者数、建物・設備の状況などが重視されます。
一方、訪問介護や居宅介護支援では、サービス提供責任者やケアマネジャーなど有資格者の配置状況、地域での利用者基盤などが重要な評価ポイントとなります。
このように、同じ介護事業であってもサービス種別によって価値評価の視点は異なります。
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介護事業の価値が高く評価されるポイント
介護事業では、利益だけでなく「事業を安定して継続できるか」という視点も重視されます。
| 評価が高まりやすい要素 | 理由 |
|---|---|
| 高い稼働率 | 安定した収益が期待できるため |
| 介護報酬加算を適切に取得している | 収益性の向上につながるため |
| 職員の定着率が高い | 引継ぎリスクを抑えられるため |
| 管理体制が整備されている | 経営者への依存度が低いため |
| 健全な財務内容 | 買い手のリスクを軽減できるため |
一方で、次のような状況では、企業価値へマイナスの影響を与える可能性があります。
- 利用者数や稼働率が継続的に低下している
- 離職率が高く、人材不足が慢性化している
- 管理者や特定職員への依存度が高い
- 行政指導や法令違反への対応が残っている
- 大規模な設備更新が必要となる可能性がある
これらは必ずしも売却できないことを意味するわけではありませんが、買い手がリスクとして考慮する要素になる場合があります。
価値評価でよくある誤解
純資産がそのまま売却価格になるわけではない
修正純資産法で算定された価値は、企業価値を把握するための一つの基準です。
実際の譲渡価格は、収益性や将来性、シナジー(相乗効果)、デューデリジェンスの結果、契約条件などを踏まえて決定されます。
利益だけで企業価値は決まらない
利益が高い企業であっても、経営者一人に営業や採用、利用者対応が集中している場合は、事業承継後の運営リスクが高いと判断されることがあります。
反対に、一時的な赤字であっても、安定した利用者基盤や優秀な職員体制、地域での高い需要などが評価されるケースもあります。
査定額=最終的な譲渡価格ではない
査定額は、売却価格の目安を把握するための参考値です。
その後の買い手との交渉やデューデリジェンスによって、譲渡価格や契約条件が調整されることは珍しくありません。
まとめ
介護事業の価値評価では、修正純資産法やEV/EBITDA法など複数の評価手法を組み合わせ、企業の実態や将来性を総合的に判断します。
特に介護事業では、財務数値だけでなく、稼働率、介護報酬加算の取得状況、人材定着率、管理体制、地域性なども企業価値へ大きく影響します。
また、M&A支援機関登録制度が公表している2024年度データでは、「社会保険・社会福祉・介護事業」のEV/EBITDA倍率の中央値は9.0倍となっていますが、案件ごとのばらつきも大きく、個別事情を踏まえた評価が重要です。実際の譲渡価格は、企業価値だけで決まるものではなく、買い手との交渉や契約条件によって決定されます。
免責事項
本記事は一般的な情報提供を目的として作成したものであり、税務・法務・会計・行政手続き等に関する個別具体的な助言を行うものではありません。実際の企業価値評価やM&Aの実施にあたっては、公認会計士・税理士・弁護士等の専門家やM&Aアドバイザーへご相談ください。
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