M&Aの競業避止義務とは?売却後に同業を始められる?
M&A後に同業を始めることが一律に禁止されるわけではありません。ただし、事業譲渡では会社法上の競業制限があり、株式譲渡などでも最終契約に競業避止条項が設けられることがあります。売却後に再び経営や同業の仕事をする可能性がある方は、契約前に「期間・地域・対象事業・対象者・関与方法」を確認することが重要です。
M&Aにおける競業避止義務とは
競業避止義務とは、M&A後に売り手が譲渡した事業と競合する事業を行うことを、一定の範囲で制限するものです。「競業禁止」「競業避止条項」などと表現されることもあります。
たとえば、地域でデイサービスを運営する事業を譲渡した直後に、売り手側が近隣で新たなデイサービスを開設し、従来の利用者や職員へ働きかければ、買い手が取得した事業価値に影響する可能性があります。
M&Aで買い手が評価する対象には、建物や設備だけでなく、利用者・患者との関係、人材、取引先、地域での認知度、運営ノウハウなども含まれます。競業避止義務には、譲渡後にこれらの事業基盤が急速に失われるリスクを抑える役割があります。
中小企業庁の「中小M&Aガイドライン」でも、競業避止義務は最終契約で確認する主要な事項として挙げられています。売却価格だけでなく、「売却したあとに何をできるのか」まで理解して契約することが大切です。
競業避止義務はすべてのM&Aで同じではない
「M&Aをすると20年間は同業ができない」と理解されることがありますが、これは正確ではありません。M&Aの手法によって法律上の扱いが異なるため、まず事業譲渡と株式譲渡を分けて考えましょう。
| 比較項目 | 事業譲渡 | 株式譲渡 |
|---|---|---|
| 取引の概要 | 会社が事業の全部または一部を譲渡する | 株主が対象会社の株式を譲渡する |
| 会社法21条 | 譲渡会社について確認が必要 | 事業譲渡ではないため同条の法定競業避止義務とは区別する |
| 契約上の競業避止 | 法律と契約の双方を確認 | 最終契約に条項があるか確認 |
| 売却後に確認するポイント | 期間・地域・対象事業・契約内容 | 契約上の対象者・期間・地域・対象事業等 |
事業譲渡では会社法21条を確認する
2026年10月時点の会社法21条では、事業を譲渡した会社は、当事者間で別段の意思表示がない限り、同一の市町村およびこれに隣接する市町村の区域内で、事業譲渡の日から20年間、同一の事業を行ってはならないと定めています。
なお、同条では、特別区を市町村に含め、指定都市については区または総合区を基準として扱う旨も定められています。
また、会社法21条2項では、譲渡会社が同一の事業を行わない旨の特約をした場合、その特約は事業譲渡の日から30年の期間内に限り効力を有するとされています。これは、同条に基づく譲渡会社の競業に関する特約についての規定です。
さらに同条3項では、前2項にかかわらず、譲渡会社は「不正の競争の目的」をもって同一の事業を行ってはならないとされています。
出典:e-Gov法令検索「会社法」第21条(2026年10月確認)
重要なのは、20年間という数字だけで判断しないことです。1項には「当事者の別段の意思表示がない限り」とあるため、実際のM&Aでは最終契約にどのような取り決めがあるかまで確認する必要があります。
株式譲渡では最終契約の競業避止条項を確認する
株式譲渡は、株主が対象会社の株式を買い手へ譲渡する方法です。対象会社自身が事業を譲渡する事業譲渡とは仕組みが異なるため、会社法21条の事業譲渡に関する法定の競業避止義務とは区別して考えます。
一方、株式譲渡契約などの最終契約で、旧オーナーに一定期間の競業避止義務を設けることはあります。中小企業庁の中小M&Aガイドラインでも、競業避止義務は株式譲渡・事業譲渡の双方で最終契約上確認する主要事項として示されています。
したがって、「株式譲渡だから自由に同業を始められる」と決めつけず、契約書を確認することが必要です。
医療法人や社会福祉法人は法人類型にも注意する
会社法上の「会社」は、株式会社、合名会社、合資会社、合同会社を指します。そのため、医療法人や社会福祉法人について、会社法21条の規定を株式会社の事業譲渡と同じようにそのまま当てはめるのは適切ではありません。
介護・障がい福祉・医療分野では、運営法人の種類や承継方法、許認可・指定、行政手続なども含めて個別に整理する必要があります。
社会福祉法人については、厚生労働省が「合併・事業譲渡等マニュアル(令和8年3月31日改訂版)」を公開しています。実際の案件では法人形態やスキームに応じ、弁護士等の専門家や所轄庁へ確認しましょう。
M&A後に同業を始めることはできる?
競業避止義務の範囲外であれば、M&A後に新たな事業へ取り組める場合があります。ただし、「別の会社なら問題ない」「隣の県なら問題ない」と形式だけで判断するのは避けましょう。
別の地域で同じ事業を始める場合
たとえば、訪問介護事業を譲渡した経営者が、数年後に別地域で再び訪問介護事業を始めたいケースです。
この場合は、競業が制限される地域を確認します。事業譲渡で会社法21条が適用される場合には法定の地域範囲を確認し、それとは別に契約上の地域指定があれば、その内容も確認する必要があります。
売却した事業とは少し違う事業を始める場合
たとえば、「訪問介護事業を売却した後に介護事業者向けコンサルティングを行う」「歯科医院の承継後に歯科医院向け研修事業を行う」といったケースです。
このような場合は、新事業が契約上の「同一事業」「競合事業」「類似事業」などの定義に含まれるかを確認します。売却後に予定している事業があるなら、M&A交渉の段階で担当者や弁護士へ共有しておくと整理しやすくなります。
他社の役員・顧問になる場合
自ら会社を設立しなくても、競合会社へ出資したり、役員・顧問・コンサルタントとして関与したりする場合があります。
契約によっては、このような間接的な関与についても対象として定めることがあります。売却後も業界内で仕事を続けたい経営者は、「経営しなければ問題ない」と考えず、どのような関与まで制限されているかを確認しましょう。
家族や別法人を通じて事業を行う場合
家族名義や別法人であれば一律に競業避止義務の対象外になるとは限りません。契約で第三者を通じた競業への関与などが定められている場合もあります。
資金提供、出資、経営判断、営業への関与なども含め、実際に予定している活動と契約内容を照らし合わせる必要があります。
M&Aの競業避止義務で確認したい5つのポイント
| 確認項目 | チェックする内容 |
|---|---|
| 対象者 | 売主法人、旧オーナー、役員、関係会社など誰が義務を負うか |
| 対象事業 | 同一事業だけか、類似・競合事業まで含まれるか |
| 地域 | どの市区町村・地域まで対象となるか |
| 期間 | いつからいつまで競業が制限されるか |
| 関与方法 | 経営、出資、役員、顧問等のどこまでが対象か |
対象事業は具体的に確認する
介護分野だけでも、訪問介護、通所介護、有料老人ホーム、居宅介護支援など事業内容はさまざまです。譲渡した訪問介護だけが対象なのか、介護事業全般まで含むのかによって、売却後の選択肢は大きく変わります。
地域密着型事業では商圏も重要になる
介護・障がい福祉・医療・歯科は、地域とのつながりが強い事業です。単に都道府県が違うかだけでなく、実際の利用者・患者の商圏や紹介経路との関係も考えながら条件を確認します。
禁止期間の起算点も確認する
契約で期間を設定する場合は、「契約締結日から」なのか「クロージング日から」なのかなど、起算点も重要です。会社法21条1項の法定期間は、事業を譲渡した日から20年間とされています。
介護・障がい福祉・医療・歯科M&Aで注意したい行為
近隣で同種の施設・医院を開業する
売却直後に近隣で同種の施設や医院を開設すれば、利用者・患者、紹介元、職員などの移動につながる可能性があります。競業避止条項に該当するかだけではなく、買い手が取得した事業基盤への影響も考えておく必要があります。
利用者・患者や紹介元へ働きかける
介護事業ではケアマネジャーや医療機関などの紹介元、医療・歯科では患者や地域の関係機関とのつながりが重要です。
競業避止義務とは別に、顧客・利用者・取引先等への勧誘を制限する条項が定められることがあります。そのため、「新しい事業を行えるか」と「以前の利用者や取引先へ営業できるか」は分けて確認しましょう。
元従業員を新事業へ誘う
人材確保が経営に直結する介護・医療・福祉分野では、職員の引き抜きも重要な論点です。
中小企業庁の中小M&A専門人材向けスキルマップでも、クロージング後の誓約事項として「競業避止義務」と「従業員の引き抜きの禁止」が別々に整理されています。つまり、同業を営むことが許容される場合でも、元従業員への勧誘について別の制限がある可能性があります。
売却した事業の秘密情報を利用する
利用者・患者・従業員に関する情報、経営情報、取引条件、営業ノウハウなどについては、競業避止とは別に秘密保持義務や個人情報保護の問題が生じることがあります。
競業避止条項だけを見るのではなく、秘密保持、勧誘禁止、クロージング後の義務など最終契約全体を確認することが大切です。
競業避止義務に違反するとどうなる?
競業避止義務に違反した場合は、契約内容や具体的な事実関係によって、競業行為の差止めや損害賠償、契約上の補償などが争点になる可能性があります。契約に違約金等の定めがある場合は、その内容についても確認が必要です。
ただし、実際にどのような請求が認められるか、条項がどの範囲で有効となるかは個別事情によって異なります。具体的な判断が必要な場合は、M&A法務に詳しい弁護士へ確認してください。
売却後に新しい事業を考えているなら契約前に確認する
「何年・どこで・何をできないか」を具体化する
競業避止条項を見るときは、「競業を禁止する」という文言だけではなく、対象者、対象事業、地域、期間、関与方法を具体的に確認します。
特に「競合事業」「関連事業」など広い表現が使われている場合は、自分が売却後に予定する仕事まで含まれるのかを確認しましょう。
売却後の希望はM&A交渉中に伝える
「別地域でまた介護事業をしたい」「同業他社の顧問は続けたい」「数年後に別業態で独立したい」といった希望がある場合は、早い段階で共有しておくことが重要です。
契約後に初めて制限に気づくのではなく、将来の計画も条件交渉の材料として整理しておきましょう。
DDや表明保証など他の契約事項もあわせて確認する
M&Aの最終契約では、競業避止義務以外にも、表明保証、補償、クロージング後の義務など多くの項目が定められます。契約前には「M&Aのデューデリジェンス(DD)とは?」や「M&Aの表明保証とは?」もあわせて確認しておくと、最終契約の全体像を理解しやすくなります。
中小企業庁は、最終契約が当事者の権利義務を定める重要なものであることから、可能な限り中小M&Aについて知見・実務経験のある弁護士の関与の下で締結することが望ましいとしています。
【無料相談】
「売却後も別の介護事業を続けたい」「競業避止の条件まで含めて売却方法を整理したい」という方は、最終契約を締結する前の段階から検討しておくことが大切です。M&A承継サポートでは、介護・医療・障がい分野に特化し、M&A成約100件以上の実績を持つメンバーが対応しています。着手金・中間金無料の完全成功報酬制のため、まずは無料相談・無料簡易査定で自社の相場感や選択肢を整理することも可能です。
競業避止義務で後悔しないための契約書チェックリスト
- 競業避止義務を負う個人・法人は誰か
- 禁止対象となる事業は具体的に定義されているか
- 類似事業や関連事業まで含まれていないか
- 競業を制限する地域はどこまでか
- 競業禁止期間はいつからいつまでか
- 出資や役員就任も対象となるか
- 顧問・コンサルタントとしての活動は可能か
- 従業員への勧誘・引き抜きに関する条項があるか
- 利用者・患者・取引先等への勧誘に関する条項があるか
- 秘密保持義務はどこまで続くか
- 違反時の補償等について何が定められているか
- 売却後に予定している仕事・事業と抵触しないか
M&Aでは譲渡価格だけでなく、売却後の働き方も重要な条件です。特に売却後も経営や業界内の仕事を続けたい場合は、最終契約を締結する前に確認しましょう。
競業避止義務についてよくある質問
M&A後は何年間、同業を始められませんか?
一律には決まっていません。会社法21条1項では、同条が適用される事業譲渡について、別段の意思表示がない場合、譲渡会社は事業譲渡の日から20年間、一定の地域で同一事業を行ってはならないとされています。一方、実際のM&Aでは最終契約の内容も確認する必要があります。
別の県なら同業を始めても問題ありませんか?
県境を越えれば一律に問題がなくなるわけではありません。法律上の規定に加えて、最終契約で定められた地域や対象事業を確認し、予定する新事業が制限の対象となるかを判断する必要があります。
株式譲渡でも競業避止義務はありますか?
株式譲渡でも、最終契約で旧オーナー等に競業避止義務が設定されることがあります。会社法21条の事業譲渡に関する法定義務とは分けて、契約上の期間・地域・対象事業・対象者を確認しましょう。
売却後に別会社の役員や顧問になることはできますか?
契約内容によります。役員就任、出資、顧問、コンサルティングなどが競業への関与として制限される場合もあるため、就任や契約の前に競業避止条項を確認してください。
元従業員を新会社へ誘うことはできますか?
競業避止義務とは別に、従業員の勧誘・引き抜きを制限する条項が設けられることがあります。売却後に元スタッフと新事業を始めたい場合は、契約前に確認しておくことが重要です。
まとめ|M&Aの競業避止義務は売却前に範囲を確認する
M&A後に同業を始められるかどうかは、一律には決まりません。事業譲渡では会社法21条の適用関係を確認し、株式譲渡等では最終契約に競業避止条項が設けられているかを確認する必要があります。
特に確認したいのは、「誰が」「何の事業を」「どの地域で」「いつまで」「どのような方法で」行うことを制限されるのかという5点です。
介護・障がい福祉・医療・歯科では、競業だけでなく、利用者・患者・紹介元との関係、従業員の勧誘、秘密情報の利用、許認可・指定なども関係します。「介護事業M&Aの注意点」など業種別の記事もあわせて確認し、売却後の計画まで含めて条件を整理しましょう。
※本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、個別案件についての法律・税務・行政手続き上の助言を行うものではありません。競業避止義務の適用範囲や契約条項の有効性は、法人形態、M&Aの手法、契約内容、具体的な事情によって異なります。実際の契約締結や新規事業の開始に際しては、弁護士、税理士、所轄庁その他の専門家・関係機関へご確認ください。
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